土曜サロン 第156回(2007年4月21日)

贋作ホームズ集制作裏話

 誰もが知っている名探偵シャーロック・ホームズは今年生誕一二〇周年を迎える。最初に書かれた『緋色の研究』はあまり評判にならなかったが、一八九一年に連載を開始した『シャーロック・ホームズの冒険』によって大人気を博した。その人気がいかにすごかったかはパロディの出現の早さにも現れている。今のところ確認されている範囲内で一番古いパロディは『シャーロック・ホームズの夕べ』。これは『シャーロック・ホームズの冒険』の連載が始まってから、なんと四ヶ月後に書かれているのだ。なお作者は不明。これに限らず最初の頃のパロディは無名な作家によってコントのような形で書かれていたことが多かったが、次第に有名な作家もパロディを手がけるようになる。最も有名なのはモーリス・ルブランの「ルパン対ホームズ」だろう。

 ちなみにパロディとパスティーシュは一応別物である。パスティーシュはなるべくドイルの文体に似せて書くが、パロディはホームズもどきを出したり、茶化したりするものが多い。パスティーシュで代表的なのはドイルの息子アドリアン・ドイルとジョン・ディクスン・カーの合作『シャーロック・ホームズの功績』。これはホームズの語られざる事件をベースにしたもの。パロディでの代表作といえばロバート・L・フィッシュの『シュロック・ホームズの冒険』。これはシャーロキアン的くすぐりが多くて楽しいが、シャーロキアンでなくても十分楽しめる良質な作品集である。またパロディとパスティーシュのエポックメーキングとなったのはニコラス・メイヤーの『シャーロック・ホームズ氏の素敵な挑戦』。映画化され世界的にも大ヒットしたが、この作品の影響でそれまでは短編が主体だったパロディ、パスティーシュに長編が増えるようになった。その流れは現在まで続き、ジューン・トムスンやロリー・キングをはじめ現役の作家による書き下ろしのパロディ、パスティーシュが数多く刊行され、更に専門の出版社まであり、毎月なにかしら本が出ているという。

 日本で邦訳されているアンソロジーもある。最も有名なエラリイ・クイーン編『シャーロック・ホームズの災難』はハヤカワ文庫から刊行され、今でも書店で手にすることができる。なお原書は災難という言葉がドイルの遺族の反感を買い、絶版の憂き目に遭っているという。また各務三郎編『ホームズ贋作展覧会』という日本オリジナルのアンソロジーもある。それ以外では原書房からいくつか邦訳されているが、こちらは新作か書き下ろしが中心となっている。現役作家によるパロディやパスティーシュはそれはそれで嬉しいが、古典にもまだまだ未紹介な作品があるのにと新刊が出る度に北原さんはもどかしい思いをされてきた。そんなときに論創社の編集さんを紹介され、ホームズ・パロディ集の企画を提案したところ、すんなり受け入れられ、刊行の運びとなったそうだ。

 論創社からは著作権の切れている作品だけにしてほしいという条件はあったが、それ以外は自由にやらせていただけたので、かなり北原色を出せるようになった。それは作品の選択にも現れている。古典的な作品、できれば有名な作家による作品、未訳あるいは既訳があっても単行本未収録であることを条件にリストアップをした。また同時進行で翻訳も進めていった。当初は全て本邦初訳にするつもりだったが、そうすると雑誌掲載のみの作品が落ちてしまう。雑誌を持っている人ばかりじゃないだろうから、そこはよしとした。また読み返して面白いと思えなかった作品は歴史的な価値があっても外している。やはり読んでほしいのは面白い作品なのだ。戯曲は最初入れたい作品があったが、論創社では他の作家の戯曲集を出しているので、できればホームズの戯曲集を出したいと考え、今回は見送った。こうして最終的に二十四篇に絞ったが、その内の十九篇までは本邦初訳になった。既訳のものに関してもシャーロキアンの先輩や翻訳の大先輩が訳された作品もあったが、迷った末に訳し直した。恐れ多いと思ったが、その代わり読みやすさは心がけたつもりである。またパスティーシュとパロディはもともと平行させる予定だったが、いろいろ作品を選んでいるうちに、どうせなら、ということで王道篇、もどき篇、語られざる事件篇等という風にカテゴリ別にしてみた。

 こうして出来上がった本だが、更にシャーロキアンらしい遊びも加えてある。序文の「緋色の前説」、注釈の「七%の注釈」、解説の「編訳者最後の挨拶」、そしてタイトルの『シャーロック・ホームズの栄冠』はご存知「生還」に引っ掛けている。ここまでは気が付かれた方も多いだろうが、実はもう一箇所あるのだ。ヒントは奥付。できれば再版の方をご覧になってほしいが、これでぴんと来た方は相当なシャーロキアンといえよう。ただし正解しても何も出ませんので、あしからずご了承ください。