映画観賞ノート(2004/4-6)

『みなさん、さようなら』(2003カナダ、仏)

本年度のアカデミー賞外国語部門受賞作。カナダの作品だけどフランス語圏なので全編フランス語である。脚本のよさが評価されたいたので期待していたが、確かにこれはいい。同じ題材を『ビック・フィッシュ』があるけれど、私はこちらの方がずっと楽しめた。何がよかったかというと考え方が徹底している。とくに息子。しがない大学教授の父親と違って証券ディーラーの息子は父親に軽蔑されているが、末期がんの父親を少しでも快適な環境で最後を迎えられるよう金に物を言わせて設備を整える。そのやり口が半端ではない。廊下まで患者があふれている病院だというのに使ってない病棟を借り切って改装し、職員の組合のトップに賄賂を渡して便宜を図ってもらう。そして父親の友人達を呼び寄せ、挙句の果てに痛みを和らげるために友人の娘の麻薬患者に付き添いを頼んで麻薬を使わせるのだ。とてもじゃないが、一般常識に縛られてる人間にはここまでできそうにない。もちろん財力の差も大きいが。父親は享楽主義者でいくつになっても女好き。欲望に忠実でそういう自分を否定しない(そのために息子と不和になっても)。最初が歩み寄ることにない二人がやがてお互いの生き方も認めあうようになる。この過程がすばらしい。最後に父親は選択をするのだが、これをどう思うかは観る人次第。私は羨ましいとは思った。もっともここまで悟れるか土壇場にならないと分からないが。だけどこういう選択肢もあるのだというのが深く心に刻まれた。(2004/6)

『真珠の耳飾りの少女』(2003英、ルクセンブルク)

フェルメールの代表作を題材にして画家とモデルとなった雇い人の少女の交流を静謐な雰囲気で描いたもの。少女の存在はもちろんフィクションであるが、彼女を巡って周囲の人々の思惑が複雑に絡み行く様はなかなか。もしかして本当にあった出来事かもしれないと思ってしまう。中でもフェルメールの妻と姑の関係が面白い。妻は夫への愛情は以前と変わらないものの、生活に追われて夫の仕事を理解できるゆとりがない。姑は計算高く、婿の仕事を少しでも高く売りつけることしか考えない。しかし、そのために画家の望みをいち早く見抜き、雇い人の少女と画家の関係を影ながら協力するのだ。この皮肉がなんともはや。名作誕生秘話としてはありきたりだけど、立ち会わされる側はたまったもんじゃない。つくづく芸術家と生活を共にするのは大変だと思ってしまう。こういうと生臭い話のように思われるかもしれないが、全体の雰囲気は静謐で上品だ。色調も少しくすんだ具合がフェルメールの作品のように美しい。台詞も少なめで登場人物達のしぐさや目線で語られるので想像力をかきたてられる。とても良質なドラマだった。(2004/6)

『クリムゾン・リバー2 黙示録の天使たち』(2004仏)

副題が黙示録の天使たちとあるように聖書を絡めたミステリーなのだが、もう見事としかいいようがないぐらいそこら辺の薀蓄は最低限に抑えている。というか薀蓄よりもアクションに重心を置いているので、おかげで大変分かりやすいストーリーだった。いや、聖書ネタでここまで娯楽にするとは…しかも90分内でまとめてる…この割り切りはさすがだ。とかく大作志向となっているハリウッドにこの姿勢を見習ってもらいたい。長きゃいいってもんじゃないんだから。

でキャストは断然クリストファー・リーがいい。というかリーを目当てで行ったので、ひたすらこの人だけを拝んでいたせいもあるのだが。ジャン・レノはいつものように安定してるし、ブノウ・マジメルは初見なのでどういう人なのか知らないが、アクションはがんばっていたと思う。それにしても事件の発端はもう少しどうにかならなかったのだろうか。これは事件が起きる必然となりえないと思うのだが…。(2004/6)

『シルミド/SILMIDO』(2003韓国)

1960年代に実在した韓国の特殊部隊の反乱事件の映画化。詳しい資料は残ってないそうなので、かなり脚色しているとか。でも本当にこんなことをやっていたのかと思うと、恐ろしいとしかいいようがない。だって事の起こりは北朝鮮からの特殊耕作部隊の浸入事件なのだ。それに対抗して死刑囚、浮浪者、暴力団員という市民権があってなきがごとしの人間達を半ば強制的に集めて特殊部隊を結成しようと計画する。そうやってボスの首をお互い狙いあうところはまるでやくざの出入りのよう。これを冗談でなく真剣にやるのだから軍事国家は恐ろしい。日本には軍隊がなくて(一応だが)本当によかったと思ってしまう。

民間人を特殊部隊に仕立てるのだから訓練は過酷だ。でもその過酷さを乗り越えるうちに友情が芽生えてくる。ここら辺はある意味定石だけど、それでもほろりとくる。とくに上手いのが三人のリーダーの性格設定。それぞれいろいろな状況を背負っているのがいい。訓練側もアン・ソンギはさすが国民俳優だけあって圧倒的な存在感。もうすごいとしかいいようがない。あとホ・ジュノもとてもよかった。この人、「火山高」にも出ていたけどインパクトがある役者さんだ。一度見たらなかなか忘れられないもの。

それにしても終盤で民間人を全く顧みない処置をするのだが、これも今となっては信じられないとしかいいようがない。つくづく韓国は恐ろしい国だと思った。(2004/6)

『死に花』(2004日)

悠々自適な老人達が先に死んでしまった友人の残した完全犯罪計画を読んで実行しようとする痛快アクションコメディ。なんといってもキャストが豪華だ。山崎勉に宇津井健、そして青島幸男に谷啓、長門勇という大ベテランばかり。これは安心して観られるだろうと思っていたら予想以上に面白かった。こういう予想が当たるのはとても嬉しい。キャストの中で一番印象に残ったのは青島幸男。ノリの軽い女たらしなんていう難しい役柄をごく自然に演じられるのはさすがとしかいいようがない。なにせ若者に「バカヤロー」と言ってもイヤミがないのだ。どうしたらこんな風になれるのだろうかと真剣に悩んでしまった。あとお約束じゃないかもしれないが、「ドキューン」も嬉しかったし、谷啓の「どーもすみません」も嬉しかった。本当にコメディ系の俳優さんは軽さを表現するのが上手い。そういう意味では山崎勉は少々苦しかったかもしれない。宇津井健も意外とコメディが似合っていたので。ちなみに森繁久弥は既に演技の域じゃないような気がしたのだが…。よく出演できたなとかなり不安になった。いや、本当にこの作品ではそんな風だったんだもの。(2004/6)

『パッション』(2004米)

全米で物議をかもした話題作。これを観て自首した犯罪者がいるとかショックで発作を起こした等などやたらショッキングなニュースばかり流れてくる。なんでも鞭打ちシーンがリアルらしい。あんまり痛々しいのは苦手なので、おっかなびっくりで観にいったのだが、これは素直に感動できる作品だった。これも台詞は少ない。というか監督の指示で字幕で翻訳されない部分があるのだ。とはいえストーリーはキリストの受難。キリスト教徒じゃない私でも分かるぐらい誰でもよく知っている話なので、字幕の少なさはあまり気にならなかった。というよりも、この題材をよくぞここまで緊張感あふれるドラマに仕立て上げたものだ。メル・ギブソンにこんなに監督としての才能があるとは思わなかったのでびっくりしてしまう(未だに『マッドマックス』のイメージしかないので>メル・ギブソン)。なにがよかったのかというと宗教色よりも親子愛に重心を置いたところ。そのせいか説教臭さが微塵にもない。おかげでこの物語を素直に受け止められた。(2004/5)

ルコントというと甘ったるいというイメージが強かった。好きだけど時々その甘さに物足りなさを感じていた。だけどこの作品はその甘さが逆に物語を引き締めている。ああ、とうとうルコントもこういう境地になってくれたのかと若輩者が偉そうにと思われるだろうが、本当にそう感じてしまった作品だった。ストーリーはいたってシンプル。寂れた田舎町にいかにも堅気じゃなさそうな男はふらりと降りてくる。宿を探しても過疎化してる町にはそんな場所はない。困った挙句に駅を降りてすぐに知り合った老人の家に行く。老人は先祖代々この町に住む名家の出身で詩を教えている。たまに冒険しようにも相手がかっての教え子を分かって喧嘩もできないというきわめて単調な毎日。一方の男は生まれたときからドサ周り。次から次へとせわしなく動く回る日々。年を取ってさすがに疲れを感じ始めている。こんな二人が出会ったことで物語は始まり、別れと共に終わっていく。ラストはかなり切ない。タイトルの意味がここにあったことをあらためて知らされる。これを言葉でなく映像で見せてくれたルコントに敬意を表したい。(2004/5)

『トロイ』(2004米)

トロイア戦争は王妃奪還を名目にした侵略戦争であり、そのやり口はアメリカがイラクへ仕掛けてることをほとんど変わらないというのが私の認識だったからこの映画もストーリー的には全く期待してなかったけど、よもやここまで露骨にやるとは思わなかった。しかもものすごくつまらないくなっている。正直がっかりした。ただしキャストはいい。ベテラン勢と売れっ子のバランスが絶妙。予告の段階から期待していたエリック・バナが全ての苦労を背負って最後までがんばる姿には涙なくしては見られない。予告では一瞬しか映らなかったショーン・ビーン演ずるオデッセイも渋さが光る。やはりこの人は知性派の役柄が似合うなあ。そしてなんといっても嬉しかったのはピーター・オトゥール。「アラビアのロレンス」の頃と変わらぬ青い瞳がヘレンよりも可憐だ。あとはブライアン・コックスも憎憎しげな悪役ぶりが楽しい。アガメムノンをステレオタイプの悪役にするのは惜しい気がしたのだが、この人なら許せる。

セットは豪華絢爛だし、エキストラも惜しげもなく大量に投入されていて、久々ぶりにスペクタル映画という充実感はそれなりにあったのだけど、やはりこのプロットが弱いなあ。つくづくもったいないとしか言いようがない作品だった。(200/6)

『レディ・キラーズ』(2004米)

トム・ハンクスはやはりコメディが似合う。久しぶりにこの人のノリノリな姿を見ることができた。『マダムと泥棒』のリメイクだそうだが、あいにくそちらは見てないので比較することができない。残念だ。しかし、そちらがかなり面白かったのだろうなというのが観ていて察せられた。登場人物達のやり取りなどがどこか古風なのだ。観たことのない作品だけど、あの時代の空気を感じてしまう。そのせいだろうか、最後まで安心して観ることができた。もっとも、どこまで忠実かは分からないが。とくに後半あたりは違うんじゃないかと思える場面もちらほらあったので。いつか『マダムと泥棒』を観たいものだ。たぶんそちらのほうがずっと面白いだろうという予感がひしひしとするから。別にこれがつまらなかったわけじゃないが、ホップホップ系のジョークなんか飛ばすよりも洗練された台詞で楽しませてほしかった。やはりこういう物語は洒落たセンスがあってこそだから。(2004/5)

『ビッグ・フィッシュ』(2003米)

真実よりもおとぎ話を語る父親とそれに反発する息子の物語とでも言おうか。正直言って私生活で父親になったティム・バートンが理想の父親像を語った作品だと思った。確かにおとぎ話は楽しくて美しい。でも、それはやはり現実のほろ苦さを知っているからじゃないだろうか。いつまで経っても真実を教えてくれない父親に反発するのも無理はない。ここら辺、もう少し父親は息子に自分をさらけ出してもよかったのでは。少なくても私はこれだけでは父親のおとぎ話のすばらしさを感じられなかった。とはいえ、さすがティム・バートン。映像は美しい。夢と現実の境目が分からなくなりそうなほど。ヘレナ・ボナム・カーターも美人女優の看板を捨ててノリノリで魔女の役を演じてるのが楽しかった。こうしてみるとティム・バートンもオタクだなあ。それも少々引きこもりっぽい。なんとなくその根っこが理解できるだけにある種の反発を感じてしまった。(2004/5)

『スクール・オブ・ロック』(2003米)

ロック以外では全くダメダメなロック野郎が友人に成りすまして有名私立小学校の代用教員となる。そこで担当になったクラスの子供達をだましてバンド結成するが・・・。バンドを結成するまでのドタバタとコンテストをいかに勝ち抜くかという過程がなんとも楽しい。ストーリーはいたって単純で結末は大体予想できるけど、それでも楽しめたのはひとえに主演のジャック・ブラックの魅力による。デブでいかにもオタクという風情なんだけど、このロック魂は熱いなあ。小学生に真剣にジミヘンを語るときの熱意ときたら、これなら大人でも洗脳されるかもしれない。あとは要所要所に流れる名曲の数々もいい。さほど詳しくない私でも反応できる曲が多いので、こういうのが好きな人にはたまらないかもしれない。少々できすぎな部分はあるけれど文句なしに楽しめたいいコメディだった。(2004/5)

『コールドマウンテン』(2003米)

全米大ベストセラー小説を映画化したもの。あいにく原作は読んでないので比較できないが、南北戦争を舞台にしたラブストーリーといえば「風と共に去りぬ」があるのに果敢にも挑戦しただけあって、なかなかよくできたストーリーだった。キャストも今をときめくN・キッドマンにJ・ロウに加え、これでアカデミー助演女優賞を獲ってしまったレニー・ゼルウィガーとなかなか豪華だ。個人的にはドナルド・サザーランドとフィリップ・シーモア・ホフマンが嬉しい。あと「トロイ」でメネラウスを演じていたブレンダン・グリーンソンがこれでも悪役なのだが、これまた似合うこと。これもよかった。

とにかく迫力があったのは冒頭の戦場の場面。まさしく肉弾戦。アメリカで戦争と言えば南北戦争を指すらしいが、これなら確かに未曾有の死者が出たというのもうなづける。生き残れた人は本当に運がいいとしかいいようがない。で気になったのは戦争犯罪の描き方。N・ポートマンの場面などは今でもありがちな犯罪であるだけに、もう少し追求してほしかった。たとえ結論は出せないにしてもだ。あと悪役が男性ばかりなのも気にかかる。こういうことに手を貸す女性もいそうなものだが、それはさすがに考えすぎだろうか。(2004/5)

『21グラム』(2003米)

心臓疾患を持つ大学教授と夫と二人の娘と共に幸せな生活を営む元ジャンキーの女性、信心深い前科者の三人がひとつの出来事から関わりあうようになるが…。ストーリー自体は大変分かりやすいものだけど、時系列ではなく、しかも三人それぞれの視点で語られるのでなかなかストーリの流れがつかみにくい。ようやく分かり始めるともはや終盤近くである。たぶんそういう狙いで構成したのだろうが、これは予備知識なしに見ると戸惑うなあ。

三人の中ではデルトロ演じる前科者が一番印象に残る。十代の頃から札付きのワルでならしたものの、あるとき信仰に目覚めて教会活動に熱心となる。くじで車が当たり、なお信心を深めるが…。神を求める心が強いだけにこの成り行きは悲しい。もちろん家族を突然亡くしたナオミ・ワッツの悲劇も悲しい。全てが神の定めた通りならとなぜこんなことが…と宗教心のない人間でも考えさせられてしまう。抽象的で宗教色の強い作品だった。(2004/5)

『MON-ZEN』(1999独)

妻子に逃げられた横暴な兄と風水ディレクターの弟が日本へ禅修行に来るというロードムービー。最初コメディだと思って観ていたのだが(予告でもコメディと銘打たれているが)、どうもなにかが違う。人生の悲哀みたいなのも出てくるが、それもあんまり感じられない。なんとも不思議な内容だった。なにがヘンと言って主人公二人の禅への取り組み方。最終的に仏教に目覚めるのだが、それで今までとなにか変化したかというとあんまり変わってないような…。少なくても悟りを得られた風には到底見えない。というか、この二人これからは禅を自分たちの都合のいい方向に勝手に解釈していきそうな感じがするのだが。いや、それも悟りの一種かもしれないけどね。意外だったのは日本の風俗描写が割と正確だったこと。しかし、この禅寺の人達ならこの二人が無事ドイツに帰れるまで親身に世話してくれそうなんだけど。ということで、このラストには大いに疑問。まあ笑えたけどね。なんともはや形容しがたい作品だった。(2004/5)

予告でラブ・ストーリーと出た瞬間から期待値はかなり下がっていたのだが、その心積もりでよかったなと思った。ちなみに感想は掲示板で王様が書かれたのとほぼそのまんまなので、思わずあの書き込みをカット&ペースしようかと考えてしまったほど。だってあれ以上の感想はいえないもの。

『キル・ビル Vol.2』(2004米))

>とにかく私が不満だったのはビルの出番が多すぎたこと。しかもよく喋ることといったらもう…。思えば一作目はあまり姿を見せず、それがミステリアスでよかったのだ。それだけに今回の出ずっぱりには少々うんざりした。あと残念なのはエル・ドライバーの最後。あれで終わりなのか…。期待していただけに拍子抜けだった。それとブライド、パイ・メイの元であんなスゴイ技を身につけていたのならVol.1でも使えばよかったのに。オーレン・イシイなら不足ないと思うけどなあ。というか、Vol.2で突如パイ・メイを思い出すのはちょっと不自然じゃないか。そもそもVol.1とVol.2とまとめて作ってる割にはつながりが悪いような気がする。これはそれともそういう風に狙っているのか。それにしても結局いい年した親父が若い部下に手を出して逃げられて逆キレするというだけの話なんだね。壮絶な復讐劇というより少人数の職場での痴情のもつれにしか見えなかった。うーん、これでVol.3を作る気なのか。たぶん観るだろうけど、あんまり期待しないでおこう。(2004/5)

『オーシャン・オブ・ファイヤー』(2004米)

アラゴルン様の新作だそうなので観にいく。いや、別にそこまで熱心なヴィゴ・モーテンセンのファンじゃないのだが。どちらかというとオマー・シャリフのほうが目当てだったりする。というか出演者で知っているのはこの二人だけだった(^_^;)

既に見た友人から馬がイイ!と聞いていたのでストーリー等にはあまり期待してなかったが、スピーディな展開でなかなか楽しめた。でもヴィゴ・モーテンセンがあの血筋というのはさすがに無理があるのでは。確かに混血ならありえることだけど、あまりに見た目がかけ離れているので少々違和感だ。でもって確かにビダルゴはカワイイ。すねるあたりとか人間よりもかわいいじゃないの。あと久しぶりに見たオマー・シャリフはすっかりお爺さんになっていたのはともかくイギリス人みたいだったのはびっくりした。昔はエキゾチックな雰囲気だったのにずいぶん面変わりしたなあ。で他に言うことは特になし。まあ、ほどよく楽しめる作品だったというぐらいかな。(2004/4)

『ワーニャ伯父さん』(1971ソ連)

インノケンティ・スモクトゥノフスキーを見るのはこれで何本目になるだろうか。出来る限り出演作を見たいけど、とても全部は見れそうにない、一体どのくらいあるのか見当が付かないのだ。ちなみにこれは代表作のひとつだと思うけど、出ている作品はどれも評価高いので本当にそうなのかどうかは分からない。ま、それはともかくこの作品でのスモクトゥノフスキーはとてもよかった。もちろんそれ以外のキャストもとてもいい。スモクトゥノフスキー以外で印象に残ったのはソーニャ役のイリーナ・クプチェンコ。若いのに人生に諦めた様子がよく似合ってる。エレーナ役のイリーナ・ミロシニチェンコも退廃に満ちた美しさがすばらしい。まさしくロシア美人といった趣。これなら静かな人間関係に波紋を呼んでも仕方がないと思うほど。それにしても、つくづくこの時代のソ連の文芸映画は贅沢な作りをしている。今はもうこんな作品を作れないのかと思うと少々悲しい。それが時代の流れなのだろうけど。(2004/4)

『狩場の悲劇』(1978ソ連)

チェーホフの探偵小説。さすがに年代が古いだけあってトリックは分かりやすいものだけど、それでも面白かった。人間関係の描き方が上手いせいだろうか。さすがチェーホフだと思う。特に印象に残ったのはヒロインのオーレニカを演じるガリーナ・ベリャーエワ。娘時代のはつらつとした美しさと結婚後の妖艶さを見事に演じ分けていてすばらしい。もちろんその他のキャストもベテランが多いので見ていて安心感がある。本当にこの時代のソ連はこの手の人材は豊富だ。内容はほぼ原作に忠実だと思うが、音楽がロマンチックなものなのでなんとなくメロドラマのようだけど、通俗には流れずに最後まで緊張感あふれるドラマだった。ちなみに肝心のトリックとなる場面は注意して観ていればすぐに分かるので、ミステリ味期待している人には少々物足りないかもしれない。私はこのぐらいのほうが好きだけどね。(2004/4)

『かもめ』(1971ソ連)

かもめを始めて見たのは確かTVドラマだった。その後、本も読んでみたが、なかなか身につまされる話だと思う。なんといってもトレープレフの姿が痛々しいのだ。芸術的な悩み以外の事に気が回らない男、しかも己の才能を結局実らせないまま死んでいく。哀れとしかいいようがない。あと昔はトリゴーリンの身勝手さに腹を立てたものだが、これも今となっては老いた男の弱さを感じてしまう。もう若い頃のように冒険できないのだ。だからために卑怯と分かっても保身するし、都合の悪いことは思い出さないようになる。これにも身につまされた。結局、変わらないのはヒロイン、ニーナの強さへの憧れだけかもしれない。このラストの姿は何度見ても好きだ。(2004/4)

『グラディエーター』(2000米)

2000年のアカデミーで監督賞、主演男優賞、助演男優賞を受賞しただけあってなかなか見応えのある作品だった。でもちょっと大味だなあ。スケールは大きいんだけど、ストーリーに広がりがない。ローマ帝国なんてそれこそ腐るほど面白いエピソードはあるんだから、もう少しなにか取り入れてくれてほしかったな。そうしたら物語の幅ももっと広がったような気がするのだが。ただし、これは私がリドリー・スコットと相性が悪いからそう感じるのかもしれない。大体この人の作品はいつもそれなりに面白いとしか思わないもんなあ。だから何かきっかけがない限り自分から進んで観にいくことはない。別に嫌いというほどじゃないのだが。

キャストでは賞を取っただけあってラッセル・クロウとホアキン・フェニックスの二人がいい。しかしホアキンってこんな顔立ちだったけ?リバーに似ていたと思い込んでいたので最初誰だか分からなかった。ラッセルもこんなに苦労する男が似合うとは思わなかった。こうしてみるといい男だなあ。次回作の予定は全然知らないけど公開されたら観てみよう。(2004/4)

『イン・ザ・カット』(2003米)

正直いってこれは観ていてかなりしんどかった。サスペンスタッチでありながらストーリーにメリハリがないんだもの。一応次から次へと謎めいたことは出てくるけど、断片的過ぎてつながりが悪い。また犯人らしき人物も早々に登場するけど、いくらなんでもコイツじゃないだろうというのは誰しも思うところ。というか、ここら辺の伏線ももっと工夫して欲しかった。とにかくミステリー作品として観ると凡作だと思う。もっとも監督がJ・カンピニオンだし、製作はニコール・キッドマンなのでおそらく徹底した女性映画となるだろうと思っていたのでミステリー的要素はあまり期待してなかったのだが。でもこんなに理解に苦しむ内容になるとはね。正直がっかりした。

で、肝心の女性の屈折した心理描写のほうも今ひとつ。屈折してるのは分かるけど、どうしてそうなったのか、はたまたどういう願望を抱いているのかが抽象過ぎて分かりにくいのだ。というか分かりたいという気持ちすら持てない。とにかくそういう独りよがりな描写が多すぎる。まあ、メグ・ライアンの文字通り身を張った演技はなかなかよかったけど・・・。でもこの映画でよかったと思えたのはそれぐらいだった。(2004/4)

『ビューティフル・マインド』(2002米)

2002年のアカデミー賞作品を遅まきながら今頃観る。目当てはもちろんラッセル・クロウとポール・ベタニー。内容は実在のノーベル賞受賞の数学者の数奇な一生を描いたもの。完全失調症に苦しむ主人公が病気と闘いながら研究していく姿は脚本も演出も細かいところまできっちり作りこんでいるだけあって否が応でも感動してしまう。この否が応でもというあたりがさすがドリーム・ワークス。『シー・ビスケット』もそうだけど、これだけ真正面からやってくれると文句のつけようがないのだ。うーん日本映画でもいかにも感動作というのがあるけど、ここまでの水準ってなかなかないよなあ。ストーリー的にはたいしたことはないのに、この違いは一体なんだろうか。不思議だ。ちなみにキャストでは主演のラッセル・クロウはもちろん文句なしによかったけど、一番印象に残ったのはやはりポール・ベタニー。もともと贔屓にしてるせいはあるけど、やっぱりこの演技にはしびれてしまう。なんでこんなにキレてる役が似合うのだろうか。ちなみにこの作品で出演をきっかけとしてジェニファー・コネリーとベタニーは結婚したとか。男見る目があるなあ、コネリー。次回作はベタニーとコネリーの二人が夫婦共演らしいので今から楽しみだ。おっとと作品の感想はどこへやら。まあ、とにかくアカデミー賞受賞に相応しい正統的な感動的な作品だった。(2004/4)

『恋愛適齢期』(2003米)

60代のプレイボーイが若いガールフレンドの母親に惚れてしまうが…という大人向けらしいラブ・ストーリー。老プレイボーイをジャック・ニコルソン、迎え撃つ老ヒロインをダイアン・キートンという大ベテランで演じているけど、どうも今ひとつ盛り上がれない。年齢のことを強調しすぎた演出のせいか主演二人の年老いた姿が痛々しくて観ていてとても笑えないのだ。脚本が二人の演技力に頼りすぎてありきたりになってるのもツライところ。やはりラブ・ストーリはいかなる場合でも意外性が欲しいなあ。それも設定だけじゃなくて展開としてもね。というかこういう設定のラブストーリーなんてフランス映画ならとっくに語りつくされた内容のような気がするんだけど。やはりハリウッドは保守的なのだろうか。

キャストの中では意外なことにキアヌ・リーブスがとてもよかった。年上の女に惚れこむ姿が自然で実はこの人に繊細な演技ができるとは思ってなかったのでびっくりした(…なんて失礼な)。それに引き換えジャック・ニコルソンは相変わらずの演技力で悪くはないんだけど、なんだか最近飽きてきてしまった。だってどれを観ても同じような感じなんだもの。ぜひともショーン・コネリーのように化けて欲しいけどもう無理かな。ああ、昔大好きだっただけに今の姿は切ない…。(2004/4)

『グッパイ、レーニン!』(2003独)

東西ドイツが統一される前に昏睡状態となり、統一後に意識を取り戻した熱烈な共産主義者の母親のために息子は共産主義崩壊の事実を知られないよう苦労するが…。

キャプラの「一日だけの淑女」を基調にして東西ドイツ統一の悲哀を絡めたものというと乱暴すぎるかもしれないが、大本はそんな話だと思った。それにしてもベルリンの壁が崩壊してからまだ十年ちょっとだというのに、もうあの時代は遠い過去となりつつあるんだなあ。しみじみと時の流れを感じてしまう。でもそう思ったのはドイツ人も同じなようで、この映画はドイツ本国で爆発的ヒットしたとか。ノベライズのあとがきによると、なんと東ドイツをテーマにしたアミューズメントパークまでもが建設予定らしい。本当にそこまであの時代が懐かしいのだろうか。この映画でも出てくるけど、壁のせいで引き裂かれた家族の悲劇は相当多数あったんじゃないの。ル・カレの「寒い国から帰ってきたスパイ」のラストに涙したものには、あの時代をまた体験したいという気持ちはまったく理解できない。ただし資本主義もそんなにいいもんじゃないのは分かりきっているだけになんとも複雑だ。結局、この映画もそういう複雑さを見事に言い当てていたような気がする。(2004/4)

『25時』(2002米)

ある麻薬売人が逮捕されてしまい収監を控えた前日を描いたもの。エドワート・ノートンが大変渋く人生の悲哀を見せるのだが、いかんせん主人公に全く共感できないせいか悲壮感が全く伝わってこない。むしろ主人公の友人の「アイツは自業自得」の台詞のほうがずっと共感できてしまった。一体どうしてスパイク・リーはこんな作品を撮ったのだろうか。昔の彼なら麻薬売人を糾弾する側だと思うのに…。ところで主人公は誰だか分からない人間に密告され逮捕されるのだが、その密告者探しというミステリー的要素はあまり使われていないのも残念だ。いや、これは個人差があるので断定してはいけないかもしれないが、少なくても私はあまり意外性を感じなかったなあ。原作はミステリーらしいけど、やはりこんな感じなのだろうか。

キャストの中ではブライアン・コックスとフィリップ・シーモア・ホフマンが印象に残った。とくにブライアン・コックス、ラストの語りがとてもいい。あれには思わずほろりとさせられた。フィリップ・シーモア・ホフマンも不器用な真面目さが絶妙。日本でもああいう教師がいそうな気がする。あとものすごくよかったのは音楽。これだけは昔と変わらずセンスがいいなあ。(2004/4)

『エレファント』(2003米)

2003年度のカンヌ映画祭でバルム・ドールと監督賞をダブルで受賞した話題作。かの有名なコロンバイン高校銃乱射事件を題材にした映画というと、一昨年のカンヌで話題になった『ボーリング・フォー・コロンバイン』があるけれど、とても同じ事件を扱った作品と思えない。切り口がまったく違うのだ。同じ事件でもこんなにも印象が変わるとは思わなかった。

内容は、ある高校の一日を描いたもの。ごく普通の高校生達の日常が淡々を映し出されていく。もっとも学校というのは社会の縮図なので、そこには様々な人々がいる。要領が悪くてバカにされる子、将来を夢見て前向きな子、おしゃれとダイエットしか考えない子、もちろんイジメもある。やがて、このいじめられていた少年達が完全武装して学校に乗り込み惨劇が…。

正直言ってなにが引き金になったのかは分からない。そういう説明は一切ないのだから。加害者の少年達はいじめられてるが、それに関しての描写は少ない。イジメの描写をほとんど出さなかったのは、たぶん加害者側に思い入れを持たせないためなのだろう。それだけに「ある日突然日常生活が崩壊する…」ということの重みが伝わってくる。しかし一番強烈だったのは加害者の少年が引き金を引くときに浮かべた笑顔だ。それまでは内気で真面目そうなだっただけにこの豹変ぶりは恐ろしい。そして、この少年達がたぶんどこにでもいる普通の子供なのだという現実がなによりも怖いと思わさせられたラストだった。(2004/4)