読書感想ノート(2003/11-12)

『アンチクリストの誕生』レオ・ペルッツ(エディション・プヒプヒ)

2003年最後の読了本。購入するときにどういう内容なのか簡単に解説していただいたのだが、それでもこのラストには大変驚かされた。と同時に大笑いもしてしまった。なるほどこれはすごい話だ。出だしのごく普通の男と女が出会って結婚するというお伽噺のようなほのぼのさから、突如息もつけぬほど急激に展開していく。そして二転三転した挙句に驚愕のラスト…。そうか、全てはここから始まるのだなあ。100頁足らずの中篇ではあるけれど実に中身の詰まった作品だった。これは種村季弘をお好きな方にはぜひおすすめしたい一冊。(2003/12)

『金時計の秘密』J・D・マクドナルド(扶桑文庫)

どちらかというと冴えない青年が金持ちの叔父が残した遺産(金時計と手紙)を受け取ったときから運命を大きく変えていく…。こう言うとなかなか壮大なドラマのように思えるだろうが、実はコメディタッチのドタバタ劇。しかも奇想天外な設定なのだ。こんな設定を果たしてミステリといえるのかどうかは少々疑問だけど、エンタティメント作品として無条件に楽しめるものであることは間違いない。最初から最後までスピーディな展開は40年以上も前の作品と思えないほど小気味よく、登場人物の描き方も勧善懲悪じゃないところがいい。ちなみに悪役には最後にはそれなりの落とし前もつくだが、ここら辺のオチの付け方はまさしく抱腹絶倒もの。ついウエストレイクを思い起こしてしまう。もっともウエストレイクに比べるとJ・D・マクドナルドのほうがモラリストみたいだが(世代の差か?)強いて不満を挙げるなら女性の描き方が類型的に思えたけど、まあこれぐらいはしょうがないだろうな。なんといっても1960年代の作品なのだから。(2003/12)

『犯罪は王侯の楽しみ』カトリーヌ・アルレー(創元推理文庫)

金持ちの男が刺激を求めて完全犯罪を目指すが……というサスペンス。アルレーにしては珍しく女性がほとんど登場しない。だからといって男くさいわけでもない。こういうどっちつかずなところがアルレーらしいと思ってしまう。それにしてもびっくりしたのは冒頭から登場する犯罪捜査部長が主役だと思っていたらそうじゃなく、では完全犯罪をもくろんだ金持ちかと思えば、そうでもなかったこと。むしろこの二人の心理的な駆け引きを見たかったに…。逆に中盤に登場した自殺志願者の描き方は面白い。この徹底した救いのなさはまるでゴダールの映画のよう。総じてつまらないとまではいわないが凡作の感は否めない。アルレーの設定は面白いんだけどねえ。それだけにプロットの弱さが惜しいなあ。(2003/12)

『人食いバラ』西条八十(ゆまに書房)

詩人西条八十の少女向け探偵小説。監修・解説を唐沢俊一氏とあれば、どのようなものかは大体お察しできるだろう。その期待に違わず大変楽しい読み物だった。ストーリーについてはこれから読む人の興を削ぎたくないので語らないが、一度読み終えた後はぜひ巻末の唐沢俊一氏の注釈を付き合わせてほしい。読後感がさらに豊かになること間違いなしだ。とはいえ奇想天外度では某幻想小説作家の少女小説のほうが勝っていたように思う。なにせあちらはヒロインが途中で発狂してしまうのだから(しかもすぐに回復するが、その間の説明は一切なし)。あれには本当に度肝を抜かれたものだった。(2003/12)

『観月の宴』ロバート・ファン・ヒューリック(H.P.B)

ポケミスでのディー判事もの三冊目。最初に『真珠の首飾り』が出たとき心底驚いたが、まさか続いて翻訳されるとは思わなかった。とても嬉しい。願わくばこのまま未訳は全部出されんことを。

今回の話は容疑者が少ないこともあってどんな結末でもそんなに驚かないだろうと予測していたのに(なんて失礼な…)やはりラストではその意外さに唸ってしまった。あらすじだけ追えばそれほど目新しいものじゃないのに、つい引き込まれてしまうのは登場人物の書き分けがすばらしいこともあるが、東洋文化に詳しい作者がその知識をきっちりと消化して自分の視点から描いているからだと思う。だから唐の時代(670年から700年)を舞台として1968年に描かれたこの物語は全く古さを感じさせないのだ。否、古さどころか現代でも通じる普遍性にあふれている。

ところで『古代中国の性生活』はこんなタイトルで今まで思わずスルーしていたのだけど、著者あとがきによるとなかなか面白そうに思えるてしまうが、実際はどんなものなのだろうか。またヒューリックのファンでこの本をお読みになった方はいるのだろうか。(2003/12)

『クライン氏の肖像』鮎川哲也(出版芸術社)

三番館シリーズ最終巻。この巻には作者自らが登場する「クイーンの色紙」推理文壇の舞台裏をあれこれと邪推させてくれる「鎌倉ミステリーガイド」「材木座の殺人」と今までと趣向が異なる作品が多い。しかし、その分遊ぶ心もあふれていてとにかく楽しいの一言に尽きた。とくに私のお気に入り入りは希少盤のレコードをめぐる「モーツァルトの子守唄」と「死にゆく者の……」。「モーツァルトの子守唄」は蒐集にかける情熱に共感し、「死にゆく者の……」はロシア語に関するやり取りに深く感じ入ってしまう。それにしてもこの作者の音楽に対しての見解はとても面白い。今の時点からすると少々古めかしい気がしないでもないが、説得力があるのでついうなづいてしまう。情報量の少ない時代に自分の耳で聴き込んできた世代ならではかもしれない。(2003/12)

『陰りゆく夏』赤井三尋(講談社)

某所でネタバレな感想を聞いてしまったので純粋な読者になれないなあと思いつつ読んだら、それほどネタを割られたわけじゃなかったのでかなり楽しめた。ラッキーだったと思う。ストーリーは過去に起きた事件を窓際の新聞記者が真相究明していくというもの。巻頭で作者が受賞の言葉として「長く生きてきた分だけの、深みのあるミステリーをかいてゆきたい」とあるが、まさしく人生の重みを感じさせる内容だ。犯人の意外性もよかったが、脇役のキャラクター達もいい。とくに印象に残ったのは新聞社の社長。まるで昔の長屋の大家さんみたいに人情味あふれている。それ以外の誰もが憎めない性格をしていて(唯一悪党が出てくるが、この人もある意味悲しみを背負っている)作者の人を見る視点の暖かさに心打たれた。ところで、この新聞社の社長は本当に面白いキャラクターだったので、できればこの人を主人公に据えた短編を読んでみたいなあ。次回作の予定ははっきりしてないけど今から待ち遠しくなってしまった。(2003/12)

『痴情小説』岩井志麻子(新潮社)

この間読んだ『チャイ・コイ』がかなり性愛色の強いものだったので、これもタイトルからしてそういう系統のものかと身構えていたけど、そんなことはあまりなくむしろ幻想味あふれる内容なのにはびっくりした。しかし、もともとこの作者は日本ホラー小説大賞受賞者。悲哀と恐怖を見事なまでに成立させた『ぼっけえ、きょうてえ』の作者なのだ。だとしたら、こういう作品を書くのはむしろ本領発揮と言えるかもしれない。

内容はそのまんまずばり男女の痴情のもつれ話。だけど登場する人々の心の闇の描き方がすばらしい。桐野夏生が『グロテスク』で理詰めにきっちりと説明しているのと対照的に一行ぐらいでさらりと流している。でも同じくらい印象に残るんだよね。結局、心の闇というのはお化けのように得体の知れないものなのかもしれない…そんなことを思わされた作品集だった。(2003/12)

『影の季節』横山秀夫(文春文庫)

D県警シリーズの第一弾。『顔』の発端となった短編も収録されている。『半落ち』や『顔』ではそんなに感じなかったけど、こうして何冊か読むとやはりこの人はとても面白いと思う。「このミス」ランキング2位は当然かもしれない。でもやっぱり地味だよね。これは一人でじっくりと読んでいたいタイプの作家だと思うので、書店で平積みにされているのを見ると違和感を感じてしまう。そんなこと思うのは私だけだろうか。収録作の中では松本清張賞を受賞した「陰の季節」が圧倒的に印象に残る。全体に漂う緊張感、そしてラストにはただ圧倒された。短編とは思えないほど重厚なドラマだった。(2003/12)

『殺人プロット』フレドリック・ブラウン(創元推理文庫)

サンタクロースの格好をした犯人が射殺事件を引き起こすが、それは主人公の未発表のラジオ脚本に書かれたものだった…という発端からぐいぐいストーリに引き込まれてしまう。やはりブラウンはいい。今となっては古典的なサスペンスだと判っていても楽しませてくれるもの。犯人の意外性もよかったし、悪夢の描写もすばらしい。風俗描写はさすがに古びているけど、それぐらいかな。でも風俗描写の古さは逆にノスタルジックな気分に浸らせてくれる。こういう作品を読むと、ミステリを無条件に好きだった頃を思い出すなあ。(2003/12)

『誰か』宮部みゆき(実業之日本社)

宮部みゆきはやはり面白い。なんてことのない物語なのに、気が付くと読むのが止まらない。思わず一気に読み終えてしまった。しかし読後感はよくないなあ。なんといってもある登場人物の性格が何をどうやっても好きになれないのだ。途中で「正直言って気味が悪い」という台詞があったけど、まさしくその通り。うーん、どうしてこんな性格になってしまうのだろうか。その過程のほうが気にかかる。ちなみに帯の文句はあまり適切ではないのでは。だって「あなたの魂を揺さぶる」話じゃないと思うんだけどなあ…。(2003/12)

『半身』サラ・ウォーターズ(創元社推理文庫)

今年のこのミス1位と聞いて慌てて読んでみたみたが、正直言ってどうしてこれがという感が拭えない。確かにとても読み応えのある文章だ。監獄の描写や女囚達の様子、看守達の人間関係の微に入る描写にはただ圧倒された。しかし、ミステリ味はあまり感じられなかった。こういう物語ならレンデルやハイスミスにもありそうな気がするが。あとどうしても好きになれないのがこのラスト。あまりといえばあまりではないか…と妙に憤ってしまった。反面、もうひとつの事件についてあまり語られてないのがすばらしい。大変暗示的でその分気になる。(2003/12)

『マーキュリーの靴』鮎川哲也(出版芸術社)

三番館シリーズの二冊目。やはりこのシリーズは何度読み返しても楽しい。ミステリ的には今更というところも無きにしも非ずなのだが(再読作品が多いので)あちらこちらに見られる作者のロシア趣味がなんといっても嬉しかった。さすがレコードを買うためにロシア語を勉強していた方である。おそらくこんなところに反応する読者は少ないだろうが、そんなこと気にせずにやっているのがいい。

それにしてもこのシリーズ、何度読んでも不思議なのは主人公がバイオレットフィズを6杯も飲めること。さすがに酔うと思うけど……というか胸焼けしそうだ。これならお汁粉のほうがずっと食欲をそそられる。やっぱり甘党な方だけあるよなあと妙なところで納得してしまった。(2003/11)

『フィリップ傑作短編集』フィリップ(福武文庫)

フランスの田舎町の様々な人間模様をコント形式で描いた短編集。どの話も短いながらもピリッとしたものがあってまるで山椒のような味わい。川端康成の『掌の短編集』を彷彿とさせる(実際はフィリップのほうが年代が先なのだが)。人が死んでいく話が多いけれど、作者の視点が暖かいせいか読後感はしみじみとした情感にあふれている。忘れがたいのは年老いて体が不自由になる前に自殺を試みる老人の話。これは今の時代でもありがちなことだけに身につまされた。(2003/11)

『夜の触手』大岡昇平(カッパ・ノベルズ)

大岡昇平初の長編推理小説。子供の頃から推理小説は好きだったのでいつか書いてみたいと思っていたとか、探偵が登場する紋切り型や暴力礼賛ノハードボイルドは性分に合わない等というのが著者の言葉にあってものすごくこの人らしいと思った。内容は「探偵も犯人も被害者もいい人間でありながら偶然から犯罪に巻き込まれてしまうという物語を書きたかったのです。」という同じく著者の言葉が全てを語っていた。これ、なんと袖にあるのだが、できればこういうのは後書きにして欲しかった。本当にそのままの物語なんだもの。だからといってつまらないわけではない。人間の描き方はやはりすばらしく、とくに被害者の屈折した心理描写は後の「事件」を彷彿とさせる。ミステリ味は薄く意外性は乏しいけれど、しみじみとしたいい物語だった。(2003/11)

『薔薇忌』皆川博子(集英社文庫)

幻想的な作品を集めた短編集。セクシャリティの濃い作品ばかりなのに生臭さは全く感じないのは、この人の官能性はきわめて精神的なものだからだろうか。とにかくどの作品も美しい。幻想と現実のはざかいをうっとりとした夢見心地で酔わせてくれるものばかり。なかでも「桔梗合戦」がとても印象的。正妻と側室、母と娘という二人の女の闘いが怖いほど美しい。その先が狂気の闇だとしても行かざるをえないのが人間の業というものだろうか。(2003/11)

『グロテスク』桐野夏生(文藝春秋)

東電OL殺人事件を題材に桐野夏生が徹底的に人の心の闇を描いたもの。こういう事件を扱いながら、社会派というよりノワールな味わいなところが『OUT』以降どんどんこの傾向を強めていっているこの作者らしいといえようか。東電OL殺人事件には多くの人が共感したらしいが、実は私はさほどでもなかった。ニュースを見ていても今ひとつ分かりにくいものがあったし、いまだによく分からない事件だと思っていた。しかし、この作品を読んで認識が改まった。これは誰にでも起こりうる事ではないか。努力すれば報われるという教えの元にひたすら努力し勉強してきた人間にはなんと怖い物語だろうか。社会のひずみがもたらす心の傷はあまりに深くお互いに救済し合うこともできない。そういう現実に打ちのめされる。

大変読み応えのある作品だったが、惜しむらくは最終章。このラストではこの物語の締めくくりになっていないような気がする。ではどんなラストが相応しいのかと問われれば、答えに行き詰まるが、それでももっと力強いものを望んでしまった。(2003/11)

『夜の狙撃手』原達也(豊書房)

『地底の処刑台』と同じ弁護士雁大吉を主人公にしたもの。まさかシリーズキャラだとは思わなかった。他の作品でも出てくるのだろうか。それはともかくスリラーとしての出来栄えは『地底の処刑台』よりいい。冒頭から謎めいているうえに、展開も二転三転するし、これなら今の読者でも読むに耐えうる水準かもしれない。ちなみに、これも長編に短編を一つくっつけた構成になっていて、後の物語はこの作者の屈折した女性観が感じられて、見当違いと思いつつ笑ってしまった。さすがにこんな女性はいないと思うのだけどなあ。(2003/11)

『地底の処刑台』原達也(豊書房)

弁護士雁大吉を主人公にしたアクション・スリラー。一応長編のように見せかけているが、実際は短編一つと中篇二つをつなげたもの。読者サービスなのかやたらとお色気描写が多くて、その点はちょっとげんなりしたけれど、テンポは歯切れいいし、スリラーも意外な犯人が出てきたりして予想以上に楽しめる作品だった。B級スリラーであるのは間違いないけれど、結構これは好みだった。(2003/11)

『竜王氏の不吉な休暇』鮎川哲也(出版芸術社)

鮎川哲也の名探偵といえば鬼貫警部と星影龍三を上げる方が圧倒的多数だと思うが、でも私が一番好きなのは三番館のバーテンさんだ。鬼貫と星影はすでにいろんな方が熱く語っているせいか、なんとなく近寄りがたい。その点、三番館のバーテンさんだと肩の力が抜けて気軽に楽しめるところがいい。だからお前は本格読みじゃないと言われれば、それまでだが。既読のものもあるけれど、印象に残ったのは「竜王氏の不吉な旅」と「割れた電球」。両方とも最後の最後まで楽しい作品だった。(2003/11)

『手斧が首を切りにきた』フレドリック・ブラウン(創元推理文庫)

フレドリック・ブラウンの初期の長編異色作。1950年に出版ということで古きアメリカの雰囲気がぷんぷん匂ってくる。なんとも現在との違いがとても面白い。共産主義者が普通に生活しているところとか(この後、この登場人物の行く末を思うと少々気が滅入るが)内容は貧しい若者がのし上がるために悪事に手を染めていくが、ボスの情婦と可憐な恋人の間で迷い始めるというサスペンス。ただし才人ブラウンの作だけあって独特な雰囲気が醸し出されている。これはマザー・グースに題を取ったせいもあるだろうが。それにしてもきっちりと複線を張って構成に趣向を凝らしてラストにはこれでもかというぐらいの鮮やかな展開。この上手さには何度読んでも唸らされてしまう。やはりブラウンはすばらしい作家だ。(2003/11)

『ドルートルしよう』ロジャー・プライス(早川書房)

これを読んだ本で勘定するのはなんとなくアンフェアのような気もするが、でも実に楽しい一冊だった。ドルートルのことはおぼろげに知っていたと思うけど(ミステリ・マガジンで飛び飛びに読んでいたので)実はまとまって読んだことはなかった。これでようやく正しいドルートルの描き方が分かった。嬉しい。早速どこかで応用していきたいものだ。とはいえ、あんまりドルートルを追求すると非常時の心理テストの時によからぬ反応を示してしまいそうだが…。とりあえず人生に行き詰まった人にオススメの一冊であるとだけ言っておこう。(2003/11)

『お騒がせなクリスマス』ジャネット・イヴァノヴィッチ(扶桑社文庫)

ステファニー・プラム・シリーズの番外編。なんとクリスマス・ストーリーである。訳者あとがきによると、あと二冊はクリスマス・ブックを出す予定だとか。なんて嬉しいことだろうか。クリスマスにはさほど興味はなかったけど、こうなると待ち遠しくなるというものだ。

今回は残念なことにレンジャーが出てこないけれど、その代わりにまたもやいい男が登場してくれる。毎度思うことだけど、イヴァノヴィッチはいい男の描き方が上手いなあ。しかも一人じゃなくて複数出てくるというのがいい。あんまりキャラ萌えしない私でもこれには参ってしまうもの。さすが長年ロマンス小説で鍛えていた人だなと思う。事件はクリスマス・ストーリーなのでいつにもましてけたたましい。というか、どんどん派手になっていく。でも、どんな大風呂敷を広げてもラストできっちりまてくれるから読者としても安心して読めるのだ。下ネタが多いのでお上品な読者層からは評価が高くないかもしれないけど、こうしてみるとイヴァノヴィッチはものすごく力量のある作家だと思う。ああ、それにしても9作目の翻訳はいつ頃出るのだろうか。今から待ち遠しくてしょうがない。(2003/11)

『アルゴールの城にて』ジュリアン・グラック(白水社)

シュルレアリスムの作家として名高いジュリアン・グラックの第一作目。かねてから一度は読んでみたいと思っていた作家だけど、シュルレアリスムなんて私の頭では到底理解できない。そのことがよく分かった。内容は筋だけを追うならとてもシンプル。ある地方のお城で三人の男女が織りなす物語。二人の男が一人の女を巡るといういわゆる三角関係じみたものなのだが、そういう世俗的な匂いは一切ない。ひたすら比喩が続いていくのだ。なので予備知識を持たずにこの物語を読み解くことはできない。なんて読み手に多くのことを要求する物語だろうか。しかしそれだけに読者を惹きつけて離さない強い魅力にあふれている。(2003/11)

『金庫と老婆』P・クェンティン(H.P.B)

残酷な味わいに満ちた短編集。どの話にもひねりがあって、すれっからしのミステリファンとまではいかなくてもミステリ好きな人間にはたまらない話ばかりだった。やはりクェンティンはいいなあ。とくに印象に残ったのは「ミセス・アピルビーと熊」。金持ちのおばが貧乏人の姪を苛め抜くという残酷な話なのにラストに妙に納得してしまう。普通ならこのおばをなんて酷い人だと思うはずなのに不思議だ。「少年の意志」の言いようのない怖さもよかった。これも救われない話だけど…。どの話も恐怖に満ちていて、実はこれ風邪で寝込んでいるときに読んでいたのだけど、おかげで夢見がとてもよかった。なまじっかな風邪薬よりは効いたと思う(ただし人様にはすすめないが)(2003/11)

『目には目を』カトリーヌ・アルレー(創元推理文庫)

ある女が自分の贅沢な生活のために夫殺しを企てるという古典的な悪女もの。しかし、どうしようもないぐらいプロットが甘いのでまるで出来の悪いTVドラマを見ているようだった。登場人物が少ないせいもあるけれど、展開にメリハリがなさすぎ。トリックの成立にも無理があるし、なによりも偶然に頼りすぎているのが不満だ。終盤近くの女同士の対決も緊迫感の欠ける。結局、最初から最後まで凡庸な話だった。うーん、アルレーは中学生の頃、好きだったのになあ。こういうのを読むと今は忘れられた存在になってしまうのも無理ないと思ってしまう。ところで最近とんと噂を聞かないけど、どうしているのだろうか。フランスでも本を出してないらしいが…。(2003/11)