読書感想ノート(2002-2003/02)

『まほろ市の殺人 春 無防備な死人』倉知淳 祥伝社文庫

ページ数が少ないせいもあるだろうが、あっという間に読み終えてしまった。全体的に中途半端な感じがする。それは登場人物たちと事件の関わりの必然性があまりないせいかもしれない。だから、展開が二転三転しても事件に関心が持てないのだ。どうせならもっと奇天烈な真相でもよかったのでは。(2003/02)

『未読王購書日記』未読王 本の雑誌社

昔、旧nifty-serve(現@nifty)の推理小説フォーラム(F推理)に絶版本好事家調査会(略称『絶好調』)という倶楽部があった。そこはF推理の吹き溜まりであり、一度でも書き込みをした者は(ZP)者として、F推理のオフ会で後ろ指を差され、何かというと隔離された。まるでインフルエンザ・ウイルス扱いである。どうして絶好調がそういう風に見られたかというと、これはもう主催者の王さまの人徳によるとしか言いようがない。どういう人柄であるかはこの本をお読みになった方だったらお分かりになるだろう。つまりそういう方が君臨されていた場所なのだ。もちろん、こういう場所に足を踏み入れた側もそれなりに業を背負っている者ばかりだったが。

ある日突然、絶好調の解散宣言がなされ、さてどうなるのだろうかと思っていたら、なんと王さまはインターネットに進出していた。それがこの日記である。さすが王さまだ。絶好調時代からまったくパワーが落ちていない。いや、むしろパワーアップしているかもしれない。このところ生活苦に追われ、すっかり枯れ果ててしまった私は王さまのことを改めて敬服した。

ところで絶好調には私以外にも女性メンバーはいたはずだけど、他の方々はどうしているのだろうか。こんなことに見切りをつけてさっさと社会復帰したのだろうか。もしかして今でもこんなことをやっているのは私だけ?(2003/02)

『ささやき貝の秘密』ロフティング 岩波少年文庫

後書きで訳者が書かれていたが、ドリトル先生で名高いヒュー・ロフティングの知られざるファンタジーだとか。私も現物を見るまで、こんな本があることすら知らなかった。内容は中世を舞台にしたヒロイック・ファンタジーなのだが、前半は一応魔法登場するものの、どちらかというと親孝行話だった。なのに、後半になると、突然ロマンスな展開になる。この落差にちょっと戸惑った。一番面白く感じた箇所は、「さがしもの係り」という役職にある主人公が探し物を推理して見つけ出すところ。ミステリファンとして顔がほころんでしまうような推理ばかりなのだ。ここら辺の面白さ、上手さはロフティングならではのものだと思う。(2003/02)

『ぼくのミステリな日常』若竹七海 創元推理文庫

恥ずかしながら若竹七海を読むのはこれが初めて。MYSCON4のゲストだそうなので、これを機に手にしてみた。評価も人気も高い方だというが、なるほど納得である。連作短編集のようでもありながら、ひとつのまとまった話としても読めるのだ。文章もさらさらとして読みやすいので、何気に読んでいくと、ラストで見事などんでん返しをくらった。いわれてみるとちゃんと伏線は張られている。うーん、すごいと心の底から思った。大変面白かったので、他の作品も読んでみたいと思わせてくれる作品だった。(2003/02)

『シンデレラの罠』セバスチャン・ジャブリゾ 創元推理文庫

探偵、証人、被害者、犯人という一人四役のトリックが名高いフランス・ミステリ。設定は奇抜だけど、内容はかなりストレート。訳文が古いせいもあるだろうが、途中で結末が読めてしまった。しかしフランス・ミステリって奇想天外な設定なのにストンと終わる話が多いような気がする。結局、人間関係にウエイトを置いているからだろうか。私はそういうのは大好きなので、どれも読んでいて楽しいが、ダメな人は徹底的にダメだろうなあ…ということをこれを読んでいて改めて感じた。(2003/02)

『夜鳥』モーリス・ルヴェル 東京創元社

旧仮名遣いを新しい紙と今の活字体で読むのある意味新鮮だった。こうしてみると、田中早苗の訳はまったく古びてない。確かに「極まりがわるい」などと古めかしい言い回しはあるけれど、それは逆に文章に一味添えているように思える。内容も救いのない話が多いけど、決して後味は悪くないのは田中早苗の解説にあるように弱者への暖かい視点があるからだろう。それにしても、この本で一番困ってしまったのは、田中早苗をはじめ、当時のそうそうたる作家たちのルヴェル評があまりにすばらしくて、どんな感想を述べようにも必ず誰かの評のコピーになってしまうことだった。(2003/02)

『青空の卵』坂木司 東京創元社

「日常の謎」を題材とした人の死なないミステリ。先に読了した友人が「ちょっとこれ…」とこぼしていたので読んでみたのだが、確かにそういうところはあるかもしれない。探偵役とワトソン役である語り手との関係がちょっと私のような人間には拒否感があるのだ。とはいえ、これはもう個人的な感覚だから仕方ないかもしれない。 それにしても、この主役二人の関係って、まるで吉田秋生の『BANANA FISH』みたいだと思う。あともうひとつ引っかかってしまってのは、探偵役の口の利き方だ。人間嫌いでぶっきらぼうというのは分かるけど、あんまりにも乱暴すぎる。作者がとても言葉を大切にしているようなだけに違和感を感じた。(2003/02)

『狩人の夜』ディヴィス・グラップ 東京創元社

デュラスの『愛人』を読んで以来、ずっとこの本のことが気になっていた。トパーズプレスで出版されたときに読もうと思ったのだけど、どうせなら映画を観てからと思いつつ、結局映画を観るより先に読んでしまった。予想以上に怖い話だった。この怖さというのが、あっと驚かせる怖さではなく、真綿で首を絞められるようなじわじわとこみ上げてくるものなのだ。子供の眼から見た恐怖のイメージが幻想的で美しいだけに、まるで自分の体験したことのように思えてしまう。なるほどデュラスがこだわるのもうなずける。(2003/02)

『英国人に眼に』コンラッド 岩波文庫

イギリス文学でどうしてこんな題材をと思っていたのだが、あとがきでコンラッドの経歴を知って納得した。なるほど、こんな半生だったからこそ、こういう小説を書いたのね。謹厳実直に勉学に励んでいた主人公がその真面目さ故に思わぬ運命に巻き込まれていくという設定がいい。時代は百年ぐらい前のことだけど、こんなことは今でも起こりうるかもしれない、そんなことを考えさせてくれた話だった。(2003/02)

『アホでマヌケなアメリカ白人』マイケル・ムーア 柏書房

カンヌで話題になったドキュメンタリー映画「ボーリング・フォー・コロンバイン」の監督がアメリカの現状を鋭く批判したノン・フィクション。扇情的な題名とアメコミ風な表紙でいかにも「笑わせます」というノリを感じさせるが、内容はそんなに笑えるものじゃない。確かにユーモアに満ちた描写は多いけど、それだけに現実の重さが伝わってくる。映画もそうだけど、この人の本をお笑い系で売るのは何か違うと思う。(2003/02)

『半落ち』横山秀夫 講談社

2002年このミス国内1位作品。元警部が病気の妻を殺して自首するが、犯行後の空白の二日間が問題となる…この元警部の空白の時間を巡って、県警と地検、新聞記者、弁護士等の男たちの野心と好奇心、様々な思惑が絡んでいく。その駆け引きや各々の置かれた状況の複雑さは面白いのだが、肝心の元警部の姿が今ひとつ伝わってこない。そのせいなのか、ラストで真相が判明しても、あまり驚きはない。それと、肝心の事件そのものが地味すぎる。最初の章では、謎解きに対しての緊張感があり、読んでいて先が楽しみでどきどきしたが、次第に組織の人間関係になっていくあたりから興味が薄れてしまった。(2002)

『プリンセス・ブライド』ウィリアム・ゴールドマン 早川文庫

『夜明けの睡魔』で瀬戸川さんの解説があまりに面白かったので、ぜひ読んでみたいと思っていた本。面白いだろうとは思っていたが、まさかこんなに面白いとは思わなかった。どのぐらい面白かったかというと、夢中になって電車を乗り過ごしたことが三回、乗り間違えたことが二回もあったほどだ。おかげで、電車で読む本は、ほどほどに面白い本にしたほうがいいということを学んだ。 

それはさておき、私がこの話の中で最もうなずいてしまったところは、恋人同士の仲直りの場面についての原作者と編者の意見の相違である。そうそう、いつの時代でも読者はそういうものを求めているのだよねぇ。こういうファン心理が全世界共通のものと分かって妙に嬉しかった。(2002)

『煙突掃除の少年』バーバラ・ヴァイン H.P.B

レンデルの作品にはよく父親と娘の密接な関係が描かれる。そして、それが物語の重要なポイントになっていることが多い。そして、どういうわけか母親と娘の場合は不仲が多く、私はいつもレンデルの作品を読む度に、レンデルとその両親の関係を想像してしまう(余計なお世話だと思うが)

で、何が言いたいのかというと、つまりこれもそんな屈折した親子関係の話だったということだ。それにしても、どうしてこんなイヤミな性格を主人公に据えるのだろうか。途中で読むのが苦痛になってしまったほどだ。おまけにミステリ味も薄く、中盤あたりでラストの予想がついてしまう。とはいえ、レンデルらしい辛辣で重箱の隅をつつくようなねちっこさは健在なので、そういうのが好きな人にはたまらないだろう。ちなみに、私はそういうのが好きなので結構面白かった。(2002)

『お嬢さん』鳴山草平 春陽文庫

女子高の熱血教師を巡る恋のさや当て話。舞台が昭和30年代のせいか、風俗や人物造形にとてもノスタルジックなものを感じる。まるで懐かしいTVドラマを見ているようだ。主人公を取り巻く女性三人のうち、最も苦労してきた娘が消極的な生き方のままという結末にあ然とさせられたが、まあ、これは私の見方が偏っているせいかもしれない。でも、あれじゃちょっとかわいそうに思えてしょうがない。 (2002)

『この世は男と女の死のゲーム』若山三郎 春陽文庫

ミステリタッチの短編集。タイトル通り男と女の色と欲の絡んだショートストーリー。他愛ないものからブラックなものまで様々。しかし、なんとなくこういう話は作者に向いてないように思う。読んでいて楽しくないのだ。やはりこの作者は、快男児ものが一番だと思う。(2002)

『悪魔の子どもたち』ピーター・ディキンソン 大日本図書

イギリスを襲った大変動の時代が始まった頃のお話。主人公は両親とはぐれて一人ぼっちになった少女。あるとき、近所を通りかかったシーク教徒の一団に混ぜてもらい、旅を始める。やがて、ある場所で安定した生活を送るようになるが――

『過去にもどされた国』と同シリーズの三作目。ちなみに二作目は未訳だとか(涙) 『過去にもどされた国』が壮大なファンタジーであったのと異なり、これはかなり社会風刺の効いたもの。子どもを見捨てる親たち、混乱した世界外国人への差別、凶暴化する若者…。未曾有の災害が起きると、ありがちな光景が広げられる。その中で、少女は自分を守るために必死に行動する。 普通ならこれぐらい自我が強ければそれでかまわないと読んでいる側は思うのだが、そこはディキンスン。それだけじゃだめなことをはっきりと言ってくれる。これは既にいい年した大人の身でも痛かった。しかし、こういう厳しさがディキンスンのいいところかもしれない。(2002)

『過去にもどされた国』ピーター・ディキンソン 大日本図書

突如、イギリス中の人々が機械を憎み始めるという大変動の時代。天候を操れる少年とその妹の少女は、大変動の原因を調べるために冒険に乗り出す。そして、ついにある場所へたどり着くが――  

ディキンスンといえば異常な設定というイメージがあるが、これもその期待に違わぬ奇想天外で壮大なスケールのSFファンタジィだった。しかし、毎度ディキンスンを読む度に思うことだが、どうしてこんなヘンてこな物語をこうも上手くまとめてしまえるのだろうか。あらすじだけでも満腹しそうなほどなのに、中身はいつも予想を超える面白さなのだ。もうここまでくるとすごい!としかいいようがない。とくにラスト、誰もがよく知っている人物が登場し、全ての謎が解けるのだが、この人物の意外性ときたら…さすがディキンスンである。しかし、こんなに面白い本が絶版だなんてなんてもったいないのだろう。私は運良く図書館から借りて読めたけど、何か機会があったらぜひ復刊してほしい本である。(2002)

『大物出番です』若山三郎 光風社書店

出稼ぎで止めて故郷に戻ってきた賀門甚作は町会議員に立候補する。しかし、既に当選者を決めている町長達ににらまれ圧力をかけられるが、町長の娘や学校の友人達の協力で選挙活動を続けていく――

「おてんば」や「げんこつ」と似たような展開になるかと、全然違う話だった。しかし、こういうのを読むと、日本の政治って昔からこういう体質なんだってことを実感させられる。ちなみに、これを読んでいたときに長野知事選があったので、選挙運動に関する描写ことなどが妙に生々しく感じられた。それにしても、この主人公はこの清々しさをどこまで保てるだろうか。どんどん汚い部分に踏み込んで行くのではなかろうか。フィクションだと分かりながらも、つい考え込んでしまう。
それと、最後に殺人事件が起きるけれど、ミステリ味的などんでん返しは全くなし。ああ、せっかくの事件なのにちょっと残念。(2002)

『げんこつ太平記』若山三郎 青樹社

勤務先が倒産したために路頭に迷った高柳周三は隣人の助けによって、石油コンロのメーカーに入社する。持ち前の明るさで社内一の美人にデートを申し込んだことから、思わぬ恋のさやあてに巻き込まれる――

「おてんば太平記」と同様に真面目で誠実な主人公を巡って恋の三角関係が始まるが、こちらの予想に反した女性を選んだのが意外だった。まあね、ああいうこと、言っちゃう時点で勝敗は見えていたけれど。あと、どうしようもない敵役が最後で改心する過程が少々唐突。もう一つ何かが欲しかった。(2002)

『おてんば太平記』若山三郎 青樹社

主人公の朝矢信吉は異母兄と義母に疎まれながらも亡父の残した会社のためにがんばってきた。しかし、異母兄によって会社を追い出される。信吉を慕って共に会社を辞めた後輩の三熊と二人でミシンのセールスを始めるが――

どんなにつらい状況になっても明日を信じてがんばる主人公の姿は惚れ惚れとするほどカッコいいし、主人公がセールス先で知り合った女性も魅力的だし、また謎めいた老人の存在も物語を引き立てているんだけど、どうしても気になってしまうのが主人公の憧れだった女性。一応、収まるところには収まるけど、なんだかこの後もひと山かふた山はありそうな気がしてならない。たぶん「羅刹の家」になるんだろうなぁ。(2002)

『勲章娘』三木蒐一 博文館文庫

『寝ぼけ署長』のあとがきで名前の出ていた三木蒐一の戦前の短編集。「講談雑誌」の編集長風間真一のペンネームだとか。山本周五郎と親交があるということなので、作風も共通するものがあるかと思い読んでみたが、予想に違わぬ話ばかりだったので嬉しかった。なかでも、連作になっている遠山の金さんの登場する話は、下町っ子の気風あふれる痛快さがとても心地いい。読んでいるだけで、心が弾んでくるほどだ。ただ、昭和18年出版のせいだろうが、どれも戦時色が濃い。結婚を反対された恋人の家で身分を隠して派出婦として働く娘に恋人から届いた手紙は「僕は敵と戦っている。君はわが家の家族と大いに戦いをまじえてくれ」とあるし、遠山の金さんも戦友のために大いに奮闘する。それ以外にもやたらと銃後の家では…といった言葉が飛び交う。しかし、それを差し引いても、この作者の筆の上手いこと。まさにこれぞ人情話である。(2002)

『寝ぼけ署長』山本周五郎 新潮社

読みたいと思いながら先延ばしにしていた本。大体期待して読むと、それほどでもないということが私には多いのだが、これは予想以上に面白かった。こんなことならとっとと読んでおけばよかったと後悔。
おひとよしでぐうたらで寝ばかりいるのでとうとう「寝ぼけ署長」なんてあだ名を付けられてしまった警察署長を主人公にした連作短編もの。一見頼りなさ気に見えるけど実は…という典型的な昼行灯型の主人公なのだが、この話が他の作品より際立っているのは、あとがきで中島河太郎が書いているけど弱者への暖かい視点だ。ごく細かいところまで筋を通して、しかもストーリと上手くかみ合わせてあたり、もう何もいいようがない。ただひたすら味わうだけだった。(2002)